スマトラ沖地震津波で外国人犠牲者が出たのは不幸中の幸い?
スマトラ沖地震津波で外国人の犠牲者が出たことは、被災国にとってみれば不幸中の幸いかもしれない。
何しろ犠牲者が出た国ではメディアで大きく取り上げられるだろうし、それに伴い援助や寄付も多くなる。私も1万円寄付してしまった。
仮に外国人の犠牲者が出ていなかったとすれば、これほどの注目を浴びただろうか?自国民に犠牲者が出るか出ないかで訴求力はずいぶん違う。
例えばアフリカで起きていたらどうなっていただろうか?観光客も殆どいなく外国人犠牲者は出ない。犠牲者・被災者が現地アフリカ人だけだったらメディアでも殆ど取り上げないだろうし注目も集まらない。
アフリカだと15万人犠牲者が出ても、すぐに増えるようなイメージがある(不謹慎なイメージですが)。
エイズや紛争で犠牲者が多く出ても、ポケットマネーから寄付をしようという気にはなれなかったし。今回の津波で東アフリカも被災したけれども、あまり気にならなかった。「ふーん、何百人か死んだんだ。」って感じだった。
我ながら残酷な内容を書いていると思うが、同意する人は多いのではないかな?
#このエントリーは2005-01-05に書いたものです。オリジナルはこちら。
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| 投稿者: masaya (45) 投稿日時: 2005-1-17 0:30 更新日時: 2005-1-17 0:30 |
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moriyaさん
難しい問題に対する衝撃的な問いかけでしたので、コメントすべきか否か、そして、どのように思いを表現しようか、かなり考えました。書いてあることを中心とする、字面でのコミュニケーションになりますので、誤解をしたままのコメントになってしまうかも知れませんが、まずはその点、ご容赦ください。 引用: スマトラ沖地震津波で外国人の犠牲者が出たことは、被災国にとってみれば不幸中の幸いかもしれない。 moriyaさんはメディアでの取り扱いの大きさと援助や寄付の多さに言及して、「被災国にとってみれば不幸中の幸いかもしれない」と表現されておられます。ですが、今回の惨事に対する報道や援助や寄付の多寡をもって、被災地の人々は「不幸か幸いか」を判断しているでしょうか?答えは、お判りだと思います。 その上で、moriyaさんのメッセージを私なりに解釈すると、今回ご自身が寄付する気になられたことに対して、自己疑問を持たれたのではないかと、思います。なぜ、自分は1万円の寄付をしたのか。あれがアフリカで起きていたら自分はどう反応したか。そういう自分自身の価値観や行動規範に対する疑問を、多くの支援者や周辺国家、報道機関の反応や行動に照らし合わしてみることで、「何が正しいのか」という答えを探そうとした。それが今回の投稿につながったのではないかな、と感じました。 引用: 我ながら残酷な内容を書いていると思うが、同意する人は多いのではないかな? 同意する人が多いとすれば、それは、「状況が違えば自分も含め、各国の反応も違っていたであろう」という思考によるものでしょう。ただし、それはあくまで周辺の国々の立場から見た観点であり、そのアングルでは、moriyaさんの想像ははずれていないと思います。メディアでの報道の分量や角度によっても、個人個人の反応は影響されるでしょう。小さな報道にも反応する人はいるし、いくら騒いでも無関心な人はいる。しかし、いずれにしてもその観点で議論できるのは、直接的に被災していない我々でありますが、残念ながらその議論の真意は被災地には届かないと思います。同じ尺度で当事者の方々と接することは、できないと思います。 阪神淡路大震災、911、新潟地震、インド洋大津波・・・私もそれぞれ、対応は違いました。全部並べて比較すると、「おかしいじゃないか」と言われるかもしれません。でも、ひとつだけ確かなことは、それぞれの惨事に、何故反応し行動を起こしたか、あるいは何故反応しなかったか、行動を起こさなかったか、について、我々ひとりひとりが、自分自身に対して説明できるべきだと思っています。 |
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