「あとでやろう」とすることが、なぜあんなに多いのか?
経済学には「心理会計」という考え方があります。宝くじなどを当てると、多くの人はそのお金で豪遊など、特別な消費の仕方をしてしまうもので、「年収に100万円足せるから、毎月8万円ずつ使えるお金が増えた」とは考えたがらないということです。
経済学によると、心の中では収入をひとかたまりにしようとせず、別の入り口からきたお金には、あたかも別の使い方があるというように、人は心の中の財布を使い分けると言うのです。
なるほどそうだと思わされる場面もありますが、もうひとつ考えさせられるのが、やっぱりまとめて大金が入ったと、実感を持ちたいという心理です。一度に100万円が手に入ったのに、それを月々の家賃の支払いに充てるというのは、何か寂しいのです。
なぜ寂しいかというと、宝くじを当てた実感が全然わかないからでしょう。実感すなわちフィードバックであって、宝くじを当てたということはすごいことなのだから、それ相応のすごさを自分に感じさせたいわけです。
私はこれとそっくりの考え方を、人間は「時間」にも適用していると前々から感じていました。だから、仕事の合間に小分けの休憩を挟むという方法を実践するのが、意外と難しく、継続的に勉強をコツコツ続けるという学習法も、効果がこれほど喧伝されていても、実際の人気はないのでしょう。
たくさんの時間があったら、まとめてそれを使って初めて、人はその実感がもてるのです。賞金を小分けに使ってしまったら、もはや賞金を当てた喜びを感じにくくなるように、時間を小分けに使ってしまったら、まとまった時間はどこかに行ってしまうような気がするわけです。
そこで、休みをまとめてとり、勉強は休日にまとめてやり、掃除も休日にまとめてやり、溜まった仕事も休日にまとめてやりたくなるわけです。「まとめてやる」と実感がわきます。15分ずつ8回に分けて休むくらいなら、2時間まとめて休みたいと、そう思うわけです。
問題はもちろん、休日だからといってそんなにまとめて休めるか、仕事や勉強ができるのか、という疑問が残るところです。が、「実感されない」という問題もまた大問題です。英語の勉強を少しずつやっても、少しも自分が上達していないと感じつづけていては、イヤになってしまいます。
この問題への解決策は、小分けにしてもきちんと実感を得ることにありそうです。小分けに休んだときにこそ、休みの実感をどん欲に得る方法を考えたいところです。そうでないとどうしても
休まず猛烈に仕事→するつもりだからあれとこれは後でやる→休日でもそんなにできない
という悪循環から抜け出せません。小分けにした休憩や仕事や勉強の実感を得る方法として、1つには記録をつけることがあるでしょう。日記でもブログでもノートでもいいのです。要は、小分けにしてもきちんと結果が残り、それをあとからざっと見渡せることが大切です。
![]() ![]() | 佐々木正悟 / 心理学ジャーナリスト http://www.month-psy.sakura.ne.jp/blog/ |
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