ケータイブログの問題点
月平均34通。10代女性が送るデコメール、通称デコメの数である(※)。依然として若い人たちはケータイが大好きなようで、遂にケータイだけで使えるブログやSNSサービスが出始めた。ちょっとヤバいと思う。
たとえばマイネット・ジャパンが少し前にサービスインした「デコブロ」。
これは実にケータイだけで完結するブログサービスである。すなわちケータイさえあれば申込みはもとより記事を書き、読むことまでできる。パソコンにノータッチで使えるとっても便利なサービスは、もちろん無料だ。
しかし、あまりにケータイだけにはまってしまうと、恐ろしい結末を招くのではないかと、おじさんは心配するのである。
ケータイが音声通話のためのツールから、テキストをメインとしたデータ通信のためのツールとなって久しい。特に若い人たちにとっては、この傾向が強い。今どきケータイ使ってでっかい声で話してる人がいるとすれば(新幹線の中などたまにいらっしゃいますが)たいていオッサン(&もしくはオバさん)である
Twitterが流行るのも、やや危ない傾向ではないかと余計な心配をしている。短文(単文)のやり取りだけを刹那的に繰り返していると、コミュンケーション能力が落ちる恐れがあるからだ同じ危うさをケータイブログに対しても感じずにはいられない。
というよりも、もしかしたら実情は逆なのかもしれない。すでにコミュニケーション能力が低下して人たちが増えていて、その人たちにフィットしたサービスとしてケータイブログやTwitterが登場しているということなのかもしれない。
人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかを考察したメラビアンの法則によれば、影響が大きいものからビジュアル情報、音声情報、言語情報となる。その割合はといえば、それぞれ55%、38%、7%。早い話がパッと見の印象で半分ぐらい、声の質や大きさ、話し方などで残りの4割ぐらいが決まり、具体的に相手が語っている内容は、実は一割も影響していない(らしい)。
メラビアンの法則が完全に正しいかどうかはともかくとして、対面者が得る情報量に着目して考えれば、この順位は少なくとも当たっていると思う。つまり人間は視覚から得る情報量が圧倒的に多く、次が聴覚、そして最後が言語(意味)情報だということだ。
であるなら、それぞれの情報を処理するのに要求される能力はどうなるか。
誰かと対面している時がもっとも多くの情報をもっとも高速に処理する能力が求められるはずだ。次がたとえば電話で会話する時などであり、単にテキスト、それもTwitterに象徴されるような単文/短文を読むだけなら、求められる情報処理能力もうんと低くていい。もちろんテキストを読むといっても、長文をしっかり読み込み行間や背景までを見通すとなれば、これはそうそう簡単なことではない。
ただしである。簡単ではないが、とりあえず目の前にテキストだけが提示された場合は、その解釈はほぼ100%読み手に委ねられている。どう読んでも構わないわけだ。どれだけシビアに、書き手の想いにまで配慮してテキストと向かい合うかは読み手の気持ち次第である。
とりあえず目の前に相手がいて、その人の身振り、仕草から表情の変化までをきちんと捉えてその意味を読取り、さらに相手の口調に対して感度鋭く聴覚アンテナを立て、その言葉の意味までを正確に理解したうえで的確に反応しようと思えば、それはなかなか大変な作業となる。
対面でのコミュニケーションはおそらく、大げさにいうなら全身全霊を傾けないことには、ことばの本来の意味での「コミュニケーション」は難しいのだ。逆に考えれば、そうやって身全霊を傾ければ、たとえ言葉の通じない異国の人とでも交流は可能だということである。
こうしたことを踏まえればケータイのミニブログによるコミュニケーションなどで要求されるコミュニケーションスキルはもっとも低くて良い、ということになりはしないか。
図式的に書くなら、伝わる情報量は
対面対話>音声通話>ミニブログ の順で対数曲線的に減って行く。
ということは、必要とされる情報処理能力も
対面対話>音声通話>ミニブログ の順でやはり対数曲線的に減っていくであろう。
であるならばミニブログ、ケータイブログ、あるいはケータイメールだけでコミュニケーションを繰り返している人たちの情報処理能力は著しく落ちていきはしないか。これをおじさんは危惧するのである。
最近よく「空気、読め」といわれる。こんな言葉が盛んに使われるということ自体が「空気、読めない」人が増えている証であろう。なぜ、空気を読めない人が増えているのか。恐らくは情報処理能力が劣化しているからではないのか。
というようなことを考えるおじさんとしては、ケータイブログの普及による若い人たちのより一層のコミュニケーション能力低下が杞憂に終わることを祈るばかりだ。
※:日経産業新聞6月21日の記事より
![]() ![]() | 竹林篤実 / コミュニケ−ション研究所 http://d.hatena.ne.jp/atutake/ |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2007-8-26 4:19 更新日時: 2007-8-26 4:19 |
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| 投稿者: kana07 (10) 投稿日時: 2007-8-26 12:08 更新日時: 2007-8-26 12:08 |
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以下のように記しました。
批判集中箇所<コミュンケーション能力が落ちる>の”コミュニケーション”を”文脈構成力”に置き換えて読めば正論。それがあれば「空気を読む」もできるはず。行間を読ませるほどの秀逸な短文があるのも事実だが。 あまり二元論で考えない方がいいのではないでしょうか。 大事なのは、「相手にきちんと伝わるか」。 それが短文でも長文でも。 ダラダラと長く主旨不明の文章では伝わらない。 言いっぱなしで相手が理解できないような短文もダメ。 意味合いが伝わるよう、きちんと文脈が保たれていることが重要なのでしょう。 ・・・ちなみに、はてなブックマークのコメント欄は100文字制限のため、文字数内にまとめるのは結構難しく、勢い、乱暴な言い回しになりますね。 ここでこちんと論旨が伝わるようなコメントを書くのは、文脈を持った短文を書く練習になるかも。 |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2007-8-27 12:34 更新日時: 2007-8-27 12:34 |
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半分納得です。今の若者がメールなどの短文情報でコミュニケーションを取れるのは、同世代、似た価値観、同じ情報を共有している という背景があるから。だから短文と絵文字で十分なんです。だから若者は「メールでも心は通じる」という。
実際きちんと通じてる部分が多いんでしょう。それに対面よりも「気楽に素直になれる」ので、「通じやすい」と思うのかもしれない。 しかしこればかりだと、自分と共通項が少ない人間にきちんと通じる話ができなくなる。事細かに説明しないと判らない、筋道を立てないと証明できないような話では、格段に彼らのコミュニケーション能力は低いです。 まずもって、彼らには「意見を擦り合わせる」という概念すらほとんどないんです。大人が子供の気持ちを尊重しようと言いすぎたのか、「自分の気持ちを分かってくれない人は、人の気持ちに疎い人」ということになってますから、「擦り合わせる」過程すら、「摩擦やトラブル」にしか見えてないんでしょう。 |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2007-8-28 0:14 更新日時: 2007-8-28 0:14 |
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>まずもって、彼らには「意見を擦り合わせる」という概念すらほとんどないんです。大人が子供の気持ちを尊重しようと言いすぎたのか、「自分の気持ちを分かってくれない人は、人の気持ちに疎い人」ということになってますから、「擦り合わせる」過程すら、「摩擦やトラブル」にしか見えてないんでしょう。
「意見を擦り合わせる」という概念を知っている人の言葉とは思えません。 |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2007-8-28 2:47 更新日時: 2007-8-28 2:47 |
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