矢印一つにも意味があるんです
コンサルティングという仕事柄、資料は主にパワーポイントで作成するため、文章と図・記号を組み合わせた表現手法を多用する。上司からよく言われるのは、「図や記号は文章の内容を補完するものであり、ちゃんと意味を持っていなければならない」ということ。
それがたとえ矢印一つであっても、だ。たかが矢印と侮るなかれ。矢印をなめてかかると、上司やお客さんに突っ込まれまくって痛い目に遭う。
図や記号の厄介なところは、それを使えば一見もっともらしい資料が出来上がってしまうことだ。見栄えにとらわれて調子に乗って描いているうちに、実は支離滅裂なものを作っているという「もっともらしさの罠」は、よほど意識しない限り避けられない。今回は自戒の意味も込めて(むしろ98%ぐらい自戒だが)、矢印の意味とか、よくない使い方の例とかを書いてみたいと思う。
「→」の場合
右向きの矢印は、「順番」「因果関係」「結論」を表す場合に使われる。最も使用頻度が高いのがこの矢印であろうが、裏を返せばその分「もっともらしさの罠」にもはまりやすいと言えよう。あの『DIAMONDハーバードビジネスレビュー』でさえ、この問題を取り上げたことがある(Gardiner Morse「ループ型チャート」『DIAMONDハーバードビジネスレビュー』2006年4月号)。
(前述の記事より作成)
(この図は)世界的な監査法人のホームページから拝借したもので、オーナー経営者に向けたコンサルティング・サービスを解説している。同図によると、事業のライフサイクルは、なぜか「成熟期」から「新規事業の構想と開始」に移行する。これを見たクライアントは、本当にこのようなサイクルのコンサルティングを望んでいるのだろうか。
確かにそうだ。成熟期を迎えたら必ず新規事業を立ち上げなければならないわけではない。新しい市場を発見するとか、緩やかに事業縮小をするとか、あるいは思い切って売却するとか、選択肢は他にもある。
(前述の記事より作成)
(この図は)ボストンの某ソフトウェア企業が掲げているアプリケーション管理のライフサイクルである。おそらく因果関係のどこかに仕掛けがあるのだろう、「終了」の次に「システム配備」が来る。サポートが終了すれば、すぐさま新しい配備に移ることになるわけであり、まったくプロバイダーにとって都合のよすぎるチャートである。
なかなか手厳しい批評だ。でも、集金マシーンと化したプロバイダーの姿も思い浮かぶ。
(前述の記事より作成)
(この図は)ソーラー・エネルギー推進団体のホームページにあったもので、製品市場が無限に拡大するプロセスを示している。
もちろん、当の団体はそんなことを意図したわけではない。だが、図をちゃんと見ると、需要が供給を増やし、供給が需要を増やすサイクルが延々と続くのだから、市場が無限に拡大することになる。著者は「これが本当ならば、だれもが事業を転換しなければならないだろう」と皮肉交じりに述べている。
テレビのニュースで表示されるテロップも、たまにおかしな矢印の使い方をしていることがある。例えば幼児虐待のニュースで、こんな表示がされたことがあった(局が特定されないよう、若干表現を変えてある)。
全身にタバコの火を押し付けられたような火傷跡
→3年前に児童相談所に虐待の情報が寄せられたことも
この矢印は一体何を意味しているのか?時系列から考えて順番ではない。両者の間には因果関係はないし、「3年前に児童相談所に虐待の情報が寄せられたこと」は結論でもない。
この例であれば、せめて次のように書いて、結論を示す矢印として使うのが適切だったであろう。
・全身にタバコの火を押し付けられたような火傷跡
・3年前に児童相談所に虐待の情報
→日常的に虐待が行われていた可能性
「⇔」の場合
双方向の矢印は、「反対」あるいは「相互作用」を表す場合に使用する。「反対」の意味で使う場合はあまりおかしな事態にはならない(どれとどれが反対になるかはそんなに間違えないから)。問題は「相互作用」の意味で使う場合だ。だいたい、「相互作用」自体があやふやな意味の言葉であるから、それを矢印一つでちょちょっと表そうとすると、要らぬ混乱を招くことがある。
(ドロシー・レオナルド著『知識の源泉−イノベーションの構築と持続』(ダイヤモンド社、2001年)より作成)
ナレッジマネジメントの古典とも言われるこの本。その内容に対しては、事例が若干古い(まあ、これは古典の宿命)とか、技術寄りの話が多くて理解しにくい部分があるといった点を除けば、大きな違和感を抱かなかった。しかしながら、本に出てくるこの図だけはどうも腑に落ちなかった。
企業が知識創造をするにあたり、著者が必要だと考える4つの要素を並べた図であるが、4つの要素を結んでいる矢印が一体どういう意味で使われているのかが解らない。本文中では、4つの要素は並列に書かれているように見受けられる。つまり、知識創造活動には4つの要素が全て必要である、というただそれだけのことであり、4つの要素の間に何らかの関係があるとか、そういうことまで述べているとは考えられないのである。それならば、単に円で4つの要素をつないでくれればよかったものを、変なところで矢印が使われているがために、何か特別な関係があるのかと勘ぐってしまう。
「←」の場合
これはあくまで私の主観であるが、左向きの矢印は、それほど使う場面がない。なぜなら、人間は、横書きの文章が混じった資料を左上から右下に向かって見る癖があり、左向きの矢印はその癖に逆らうことになるからだ。あえて使うとしたら、「原因・理由」を表す場合だろう。
競合他社であるX社は今期の業績予想を下方修正
←10月に市場に投入した新製品の売上が伸び悩んだ影響か?
このくらいの使い方しか使い道がないと思う。
技術の分野では「便利なものほど気をつける必要がある」という教えがあるが、それは図や記号でも当てはまるということを肝に銘じておこう。
![]() ![]() | 谷藤友彦 / コンサルティング業 http://management-frontier.livedoor.biz/ |
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