運動部に学ぶリーダーの責任
今日はまず、私の高校時代の話をします。
communication cue.プロフィールでも少し触れていますが、私は高校はスポーツ推薦で入学し、寮に入って生活していました。私の高校は、ソフトテニス競技では常に全国で上位に入る名門校で、部活内の規則や上下関係は、茶髪にルーズソックスでぷらぷら繁華街を歩いているオネイチャン達にはとてもじゃないが想像に及ばない厳しさだったと思います。
特に1年生なんて本当に地獄です。
寮の部屋は1、2、3年生の一人ずつで、1年生は部屋の床(普通にカーペット)に座っちゃいけなくて、居場所と言えば、自分のデスクとベッド(2段ベッドの上)だけです。
朝6時の朝掃除に始まり、授業と練習以外はずーっと同部屋の先輩のお世話、のような生活です。
「先輩、食事の用意ができたのでお願いします」しかも、この先輩の怖いこと怖いこと!
「先輩、買い物に行って来てもいいですか。何かありますか」
(買い物って近くのセブンイレブンのことなんですけどね)
「先輩、お風呂の時間なのでお願いします」
「先輩、今から部屋掃除をしてもいいですか」
「先輩、今日○時から○号室でミーティングなのでお願いします」
「先輩に対して後ろから話しかけてはいけない」という決まりがあったのですが。まあね、確かに後ろからは失礼かもしれませんけどね、完全に回り込めない時だってあるわけですよ。
監督からの伝言で急いでる時とかね。
それが、「○○先輩、お話中失礼します」って言った途端、
『なんで私があんたに呼ばれて振り向かなきゃいけないの?』
ですよ。もー心臓が縮み上がります。
と、まあとりあえず、高校時代の部活は尋常じゃなく厳しかった、という話なんですけれども(ほんとうに辛く苦しい時期だったので、この話ってつい長くなるんです、すみません)。
こういう話をすると、時々「体育会系の上下関係って、ほんと意味不明だよねー」と鼻で笑う人がいます。
でも、私は断言します。
強いチームを作るには、上下関係は必要です。
一見理不尽に思える、寮生活や上下関係に関する規則ですが、実はこういう規則は、ほぼ毎年、学年が入れ替わる度に、その時の最上級生が見直しては修正を加えています。
それでも、なくならないのは何故か。決して、自分たちが最上級生になって、後輩をこき使いたいからではありません。
日本一のチームになるために必要だと思うからです(アツイな私)。
確かに下級生の頃は、ほぼ全員が「なんて理不尽なんだろう」と思います。私も思いました。しかし、3年生になる頃には、またほぼ全員が学びます。
「上に立ってみないとわからないことがある」と。
細かいことを挙げればきりがないですが、何より私が実感したのは、「先輩は友達じゃない」ということです。
これは、私が1年生の時、同じ中学から進学した先輩とちょっとへらへら喋っていた時に、別の先輩に言われた言葉です。その時は、「だって中学の時はこうやって喋ってたし」と思って、
何となくむっとしました。でも、これは重要な叱責であったと、3年生になった私は思うことになります。
どうしてだか、わかるでしょうか。
答えは、「緊張感の保持」です。
1年生、2年生、3年生という学年の間に明確な線引きを行うことによって、それぞれの学年は他の学年に対して「監視」の役割を持ちます。1年生は、とにかく先輩に叱られないように。2年生は、3年生に叱られないように、1年生に隙を見せないように。3年生は、下級生に見くびられないように。
この緊張感が、特にコートにおいては有用に働きます。
例えば、いくら「日本一をとる」と目標に掲げて、髪を刈り上げて、男女交際を絶って、生活をテニスに捧げていたとしても。毎日やっていれば、練習が嫌で嫌でしょうがない日も当然あります。そんな時、上下関係もなく「みんなトモダチ」的なチームの場合どうなるでしょうか。
「今日なんか練習だるいー…」と、呟く。
「…あたしもー」
「…またランニング10周やるんですかねー」
「…休みたーい!」
と…。あるいは何人かは、その日たまたまとてもやる気があって「頑張ろうよ!」と少女マンガ的に目をキラキラさせて言うかもしれません。しかし、この腐ったミカン現象の波を止めるのは並大抵のことではないのです。
つまり、関係がマンネリ化すればするほど、その集団は、ラクな方に流されやすいということです。強い運動部の多くが厳しい上下関係を強いられているのは、純粋な「礼儀」を身に付ける他に、このような理由が大きいことを、私は身をもって学びました。3年生だって、1年生と仲良く喋りたかったりするのです。でも、そうしない理由があるってことです。
さてさて、そしてここからが本題ですが(今日も長いなー)、これは企業という組織においても同じことが言えます。しかし企業に置き換える場合、そこに属する個人達も、もはや単純で扱いやすい高校生ではないので、問題は少しややこしくなりがちです。でも本質は同じです。
関係がマンネリ化すると、ラクな方に流されやすい。
コレです。
私は別に、企業においても厳しい上下関係を確立させるべきだと言いたいのではありません。
がしかし、最近は「社内コミュニケーション不足」を嘆くあまり、「部下の話を聞かない上司は悪」的な風潮が強すぎる気がします。というかそれを都合の言いように解釈して、出来る努力を省みず、上司に言い訳ばかり押し付けている人間が多い気が。…はい、この意見に同調してくださるリーダー的存在の方は多いかもしれませんね。
でも私は、こういう事態の責任はその上に立っている人間にあると考えているんです。自分がリーダーであり、緊張感を保持する責任を担っていることに無自覚な上司が多いから、勘違いした理論武装で自分を正当化する部下が増えるということです。緊張感の欠如した「和気あいあい」は、決して美徳ではないし、さらに必要以上に下からの意見を吸い上げるのも好ましくありません。
リーダーはリーダーであるが故の、見えているビジョンがあるはずなのですから、他のスタッフと全く対等である必要はないと思います。ある程度のラインで「ここから先はキミが口出すことじゃないんだよ」とすっぱり切ることも大事です。そして、それを容認される社内の空気づくりが必要です(これが「緊張感」ね)。社内のコンセンサスは重要ですが、この線引きがバランス良くできないのならば、それは、後に出てくるリーダーの「求心力」に問題があるのです。
リーダーは嫌われ役?
先ほども述べたように、高いモチベーションを保つためには「緊張感の保持」が必要です。もちろん、もう子供じゃないんですから「モチベーションくらい自分で保て」という思いも当然あるとは思います。しかしそんなのは理想論です。そしてその理想論に依存するのは怠慢です。だって緊張感を保持させるのって大変なんですから。
「キャプテンは嫌われ役」という言葉をご存知でしょうか。まとめ役を務める人間は、時に言いたくないことを言わなくてはいけなかったり、嫌な役回りが多いですよって意味ですが。
まー的を得てるような感じの言葉ですが、でも実際本当に嫌われるかどうかはその人の人間性次第でしょう。
ともかく、下の人間のモチベーション不足を「本人の問題」と放置するのは、明らかにリーダーシップに欠けた行動であると私は認識しています。
罰則法と「俺の背中を見て育て」法
緊張感を保持させる方法は、大きく分けてこの2つだと思います。- 罰則法
- 「俺の背中を見て育て」法
(わかると思いますが、勝手に名づけてるだけです)
罰則法は、その名の通り「仕組みで解決」です。
テニスに例えるなら、「○分遅刻ごとにスクワット10回」とか。
わかりやすくて、簡単です。
(つまりはルールを決めるってことです)
そして「俺の背中を見て育て」法は、…。
テニスで例えるなら、遅刻しても特別罰則はないけど、キャプテンでありエースである人間が、30分も前に着いてコート整備をしている、と。すると下の子達もびびって早く来る、というやり方です。
罰則法は、簡単なかわりに、そのモチベーションは罰則への恐怖心であるため、自発的なやる気に直結しない場合が多いと言えます。
それに対して「俺の背中を見て育て」法は、「俺」の人間性が周囲に認められている前提がないと成り立たないやり方です。いくら早く行ってコート整備していても、「よくやるよね」と言われて終わる場合もあります。さらに、基本的に自分自身にものすごくプレッシャーがかかるのですごく大変です。
ほとんどのリーダーは、「俺の背中」法での管理を望むでしょう。現代社会では、罰則によって管理するなんてナンセンスだ、という考え方が支配的だからです。
では、ここでリーダーの人に質問です。
「あなたの背中には、どれだけの求心力がありますか?」
管理範囲を意識する
はい。この問いに自信を持って「かなりある」と言える図太い人間はそうそういないですかね。いても半分は勘違いかもしれませんね。いや理由はないですけどなんとなく。もちろん、求心力があるにこしたことはありません。あればあるだけ良いと思います。素晴らしいです。
だけど、それよりも何よりも重要なのは、さっきの質問に正確に答えることではないかと思います。自分に、どれだけの求心力があるのか?
これはつまり、「どこまでルールを作らずにやれるか?」という問いと同義です。
基本的に、「俺の背中」法のほうが、それについてくる人間のモチベーションが能動的であるため、組織としての向上は合理化します。だから出来る限り、ルールで縛らずにいきたいものです。しかし、組織が大きくなったり、あるいは何らかの理由でリーダーの求心力が落ちた時、それを放置するのは良くありません。そこは腹をくくって、ルールを設定するべきです。
管理すべき範囲が10あるとして。
「俺の背中」法で10管理できているとします。
とても良い状態です。
ある日、どういうわけか求心力が8に減ってしましました。
残りの2のぶんは、ルールで管理してください。
ある日、管理範囲が20に増えました。
頑張って求心力を増やしましたが15で限界です。
残りの5は、ルールで管理してください。
先にも言いましたが、最悪なのは、管理範囲を放置することです。放置されたところから、少しずつ問題が生じ、それはきっと、腐ったミカン現象につながっていくと思います。
まとめ
- 緊張感のない集団はラクな方に流される。
- 緊張感の保持はリーダーの責任。
- リーダーに必要なのは自己研鑽と自己認識。
あと、蛇足ですが、求心力もなく、適切なルール設定もできない人は、残念ですがリーダーになるべきではないです。
本日も私の言いたい放題の駄文にお付き合い頂きありがとうございました。今日はちょっと個人的に心がやさぐれていて、物言いが随分と横柄な上に、所々で論理の飛躍が見られます。みません。書き終わってから気づきましたが、面倒くさいのでこのままにしておきます。
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2007-1-22 14:27 更新日時: 2007-1-22 14:27 |
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トラックバック: Kazu'Sの戯言Blog(新館)
運動部に学ぶリーダーの責任 良いんじゃないでしょうか。もし、結果がでなかった場合リーダーとされている人間が責任を負えるのであれば、どんな横暴もアリだと思います。ただ、学生の運動部の場合、大抵強くもない、強 |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2007-1-22 16:19 更新日時: 2007-1-22 16:19 |
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トラックバック: 風呂上がりの夜空に
リーダーのあるべき姿、理想のリーダー像。もちろん、そんなものはない。 運動部に学ぶリーダーの責任という記事を読んでいて、うちの会社の歴代の社長さんたちを思い出した。 僕の勤める会社は、関西ではほんの少しは有 |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2007-1-22 16:28 更新日時: 2007-1-22 16:28 |
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トラックバック: 危ない就職活動(2007年就活生が見た、誰も知らない就活の現実)
運動部に学ぶリーダーの責任 分からなくはないけど、 結局システムによってしか人をコントロールできない、 二流のリーダーシップと二流の組織の例だと思います。 言っておくと「二流」がいいか悪いかという 問題では全くありません。 自分自身こういう体育会系の |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2007-1-22 21:24 更新日時: 2007-1-22 21:24 |
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トラックバック: れぶろ
◆FPN/運動部に学ぶリーダーの責任 私はこの文章を読んで、感動しました。 なにか、引っかかってたものが外れたような…… 中学、高校と運動部に所属していたのですが、 中学の時は、こういう体育会系がイヤで自分の代で潰しちゃった記憶があるんですよね(私自身がそういう.. |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2007-1-24 15:11 更新日時: 2007-1-24 15:11 |
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チームが稼動するに当っての
事前説明(ルールや判定基準の意味を説明する)が足りないことが多い気がする。 事前説明をキチンとすることが重要で 単に緊張関係があっても駄目な人は駄目だし やるひとはやるもんです。 |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2010-5-12 16:00 更新日時: 2010-5-12 16:00 |
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読ませていただきました。
成る程と思う事と、凄いと云う思いと 私だったらこの様な組織でやっていけるかと云う 思いはあります。 スポーツで上位を目指す組織であれば |
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| 投稿者: 未登録メンバー (0) 投稿日時: 2010-5-12 16:14 更新日時: 2010-5-12 16:14 |
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切れてしまって申し訳有りませんでした。
強豪で目的を達成する運動部では、この論理は 素晴らしい事だと思います。 唯、緊張感の保持と申しますが、その捌け口が弱い方に流れる場合があります。 御上には絶対服従すると、統制は取れ、緊張感は保持できますが、 私には先輩として目上の人に敬意を示すことはできますが、常に緊張していないといけないと云うのは強豪運動部では兎も角、一般社会に万人が当てはまるかと云うのは疑問に思います。 自衛隊のいじめやパワハラ、セクハラの問題、 この様な問題も多くあると思います。 常に緊張感を保持させる事は、成果か出ますが、 潰れてしまう人間も居るのではないか、少し緩く、 それに比べて成果は遅いが、それでやっていける人間も居るのではと思います。 私は、昔、管理人様が居られた様な組織を見て、凄いと思う反面、他で失礼な事をしてまで絶対服従は出来ないと思いましたが、私のような人間は超えられない軟弱者なんですね。ご回答を戴ければ幸かと思います。 |
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